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第七話 禿

last update publish date: 2025-06-28 05:08:17

第七話    禿

「会いたかった……」 近江屋の禿は、小夜の手を握っていた。

「あ、ありがと……私、小夜。 あなたは?」

「私、静(しず)。 よろしくね」 笑顔の二人に、梅乃がヒョコッと顔を出す。

「小夜~♪ お友達?」

「うん。 静って、近江屋の禿なんだって」 小夜は上機嫌であった。

内気な性格で、梅乃しか友達が出来なかった小夜が、自力で友達を作ってきたのだ。

「良かった♪ 私、梅乃。 よろしくね♪」

こうして三人の禿は仲良くなっていった。

時間が空いた時は、よく三人で話しをする仲になっていった。

「そういえば、この前の妓女の事なんだけど……」 小夜がお歯黒ドブで亡くなっていた妓女の話を切り出す。

「あぁ、秀子さんね……」 この話しになった途端、静は表情が暗くなった。

「いい人だったの?」 

「うん。 私にとってお母さんみたいな人だったの……」

「そっか……」 

「お母さんか……どんななんだろう」 梅乃が小さい声で言った。

「お母さんは?」 静が、静かに聞くと

「知らない……私と小夜は、赤ちゃんの時に大門の前に捨てられていたんだって」 梅乃も声が小さくなっていた。

「そっか……私は、家が貧しくて売りに出された」 静も、なかなかの人生であった。

「みんなで良くなるように願掛けしようか?」 小夜の提案で、桜が散ってしまった木の下で手を繋いだ。

“ニギ ニギ ” 「みんな良くな~れ♪」

他の見世であるが、同じ禿同士で仲良くなった三人であった。

「梅乃~ 小夜~」 玉芳の声がした。

「はいっ」 

「昼見世の時間、茶屋に行くよ! 用意して」

玉芳が昼間から営業が入ったようで、付き添いを言われた。

そして茶屋に入り、玉芳は茶屋の主人と話しをしている。

梅乃と小夜は、少し離れた場所で待機をしていた。

「梅乃ちゃん、小夜ちゃん……」 二人を呼ぶ声が聞こえ、振り向くと

「静ちゃん」 

「えへへ。 今日はどうしたの?」 静の表情は明るかった。

「今日は、花魁と一緒に来てるの」 

「私も♪」

どこの禿も、やることは一緒である。

用事が住んだらしく、玉芳が振り向き

「梅乃、小夜 行くよ」 と、言った時である

近江屋の妓女、小春が茶屋に来ていた。

「小春じゃない?」 玉芳が、声を掛けた。

「あぁ……玉芳 花魁」 小春は頭を下げた。

小春は玉芳より年上で、年季が明けてやり手婆になるらしい。

「久しぶりね。 今度は、やり手になるんだって?」

「えぇ……」 小春の表情は冴えなかった。

「どうしたの?」 玉芳は、小春の反応を見逃さなかった。

「私、あまり売上も出せなくて、大見世から中見世に落とした責任もあるからさ……」 

「こんな時代だしね……お武家さんも、大政奉還の後じゃ職なしだもん」

玉芳も苦しい時ではあったが、明るくしていないと妓女の鏡にはなれないと覚悟をしていた。

「それで禿の教育を?」 玉芳は、チラッと静を見た。

静は頭を下げ、玉芳に挨拶をした。

「静です。 よろしくお願いいたします」 

「いい娘(こ)だこと。 コッチのは……」 玉芳が言いかけた時、

「梅乃です」 「小夜です」 しっかり自分で名乗っていた。

「よろしくね」 小春もニコニコしていた。

「静ちゃん、またね」 梅乃と小夜は笑顔で去っていった。

「知り合いだったの?」 玉芳は、驚いたように聞いた。

「はい。 少し前のお歯黒ドブの時で知り合いました」 小夜が笑顔で答えた。

「そう。 友達が出来て良かったじゃない」 玉芳は、笑顔だった。

そして、ある日の夜。

「通ります。 三原屋の玉芳花魁が通ります」

梅乃は大きな声を出し、玉芳の引手茶屋までの花魁道中をしていた。

「通ります……んっ?」 梅乃の声が止まった。

「どうした? 梅乃」 玉芳が言葉に詰まった梅乃を気にした。

「あれ……」 梅乃が仲の町で座り込んでいる少女を指さした。

「あれは……」

「静ちゃんだ」 小夜が声を張り上げた。

「小夜、行ってあげな。 梅乃はこのまま行くよ」 玉芳は、即座に指揮をした。

「三原屋の玉芳花魁が通ります」 梅乃はチラッと静を見ながら声を出し続けていた。

「静ちゃん……」 小夜が声を掛ける。

「小夜ちゃん……私、どうしたら」 静は涙を流していた。

「とりあえず、帰ろう……吉原に足を入れたら、どうしようもないから」

小夜の言葉は、諦めと言うしかないが心を癒す口調であった。

そして翌日の昼前になり、禿は妓女の昼見世の世話で大忙しであった。

「小夜、ボッーとしない!」 妓女は売上が悪くなると、禿への態度も悪くなっていた。

だが、玉芳が一緒にいると妓女は禿に優しくする。

これが花魁の威光と言うものであった。

「この前の、静だっけか……どうだった?」 玉芳は、小夜に聞いていた。

「あれから会っていないんです……仲の町にも居ないし……」

せっかく出来た友達に会えず、小夜も気落ちしていた。

(少し、探ってみるか……)

午後、普段なら花魁は営業が無い時は仮眠をしている時間であったが、玉芳は変装していた。

男モノの服を着ていた。

(これなら大丈夫!) 玉芳は意気込んでいたが、

「花魁……変装は解りますが、ほっかぶりはチョット……」 梅乃は、つい口にしてしまった。

「うん……なんか、泥棒にしか見えないです……」

小夜までもが辛辣な評価であった。

「わかったよ! 普通にして行くよ」 玉芳は、普通の女性の服に着替え、化粧だけして近江屋に向かった。

物陰から近江屋を覗いていた三人。

「花魁……やっぱり泥棒みたいです」 小夜は、ため息交じりの声で呟いていた。

すると “ガシャン! ” と、物音がした。

「静、何やってんだい!」 怒鳴り声が聞こえてきたのだ。

「あちゃ~ やってるよ……」 玉芳は、額に手を当てた。

「―静ちゃん!」 梅乃は近江屋へ走った。

「おい、ちょっと―」 走る梅乃を引き止めようと、玉芳と小夜も走った。

思いのほか、梅乃の足は速かった。

「静ちゃん、大丈夫?」 梅乃が静の肩を抱き、庇ってしまった。

「―いかん……」 玉芳は、焦った。

他の見世の者の口出しはご法度であり、妓女でもない禿風情なら なおさらである。

「ちょっと……静ちゃん、泣いているじゃないですか」 梅乃は大声で叫んだ。

 (やっちまった……) 玉芳が苦悶の表情になった。

 「お前、どこの禿だ? 他所の見世に口を出すなんて、どういう教育を受けているんだい?」 そう言ったのは、近江屋のトップ妓女の光華(こうか)である。

光華は大見世であった近江屋の花魁であったが、中見世になった妓女は花魁とは呼べず、ただのトップ妓女であった。

そんな光華が、梅乃を睨み付けていた。

(アイツ、顔がキツイから迫力あるんだよな……) 

玉芳は、そう思いながらも自身の禿の梅乃を見捨てる訳にもいかなかった。

「もし……ウチの禿が、すみません……」 玉芳は、低姿勢で切り出した。

「なんだい、玉芳花魁……禿の教育が出来ていないんじゃないかい? 他所の店に口を出すなんてさ」

光華が、玉芳を睨んで話した。

「ごもっとも……なんだけどさ、見世の外まで聞こえるってのは……どうなのさ……?」 玉芳がたまらず応戦してしまった。

「アンタの知ったことじゃないね……」 光華が舌打ちをすると

“プチン……”

ここで玉芳の何かが弾け飛んだ。

(うげっ……マズい) 梅乃は、静を庇いながらも玉芳の態度に気づく。

梅乃が小夜に合図をして、静の傍に小夜が付いた。

そして、梅乃が玉芳と光華の間に入った。

「まぁまぁ……姐さんたちも落ち着いて……」 梅乃が仲裁に入るも、

「元は、お前が飛び込んだからだろ?」 玉芳の目が梅乃に向いた。

「ひえぇぇ……ごめんなさい……」 梅乃は涙ぐみ、玉芳に手を合わせていた。

「あんまり禿に当たるな! この先が無いぞ」 玉芳が言うと、クルリと光華に背を向けた。

そこに静が、玉芳に駆け寄り頭を下げた。

「ありがとうございました……でも、私がいけないので……」 静の言葉に力が無かった。

「私こそ、余計だったね……」 玉芳は静の頭を撫で、三原屋に戻っていった。

梅乃と小夜も、光華に頭を下げて引き返していった。

「あんにゃろ~ 生意気な態度しやがって」 

当然ながら、妓楼に戻ってからの玉芳は機嫌が悪かった。

そして数日後

「お前、近江屋に何をしたー?」 采が玉芳に怒っていた。

「知らない……」 玉芳は、プイッと横を向いていた。

「知らない……じゃないだろ! 近江屋から苦情が来てるんだよ! お前が、近江屋の妓女に喧嘩を売ったってな」

「お婆……それは喧嘩を売ったんじゃありません。 禿をイジメているのを見かけて注意しただけです」 

「お前……だからって、他所の見世にはダメなのは知っているだろ?」

「わかったわよ。 謝りに行けばいいんでしょ?」 玉芳は言うが、

(行かない方が良い……行ったら、また騒動になる……)

反省していない玉芳を見て、梅乃は確信していた。

午後、玉芳は近江屋で謝罪をしていた。

向かい合う光華は、ふてくされていた。

「本当にすみません……」 謝罪する玉芳の顔を見た梅乃は思った……

(―うわっ、ヤル気満々な顔……いやな予感しかしない……)

「本当にすみません……ただ、嫌な空気が流れてましてな……そして、私がお節介をしてしまいまして……」

「本当にそうだわ。 何様のつもりかしら……」 光華が言った瞬間

「大見世の三原屋、花魁の玉芳にありんすっ! 何か?」

玉芳は、力強い目で光華を睨んだ。

その後、光華は何も言えずに騒動が終わった。

「花魁……ありがとうございました」 梅乃と小夜は、玉芳に頭を下げた。

「いいんだよ。 禿は、私の娘と一緒なんだから」 そう言って、玉芳は菩薩のような顔をしていた。

しかし、そんな玉芳でも立派な花魁である。

「ほら、そこ、ちゃんと綺麗に!」 指導もしっかりしていた。

「はいっ!」 梅乃と小夜は、今日も雑用を全力でこなしていくのであった。

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